花研コーヒーブレイク
【週末特別編】秋の夜長に花研ピーナツ物語 ~イソップ寓話風~
2024.09.07
花研の一研究員です。
普段、当ブログでは花研の思い付きなどを勝手気ままに掲載しております。この度は気づきでも何でもなく、徒然なるままに短編小説風にピーナツ物語を書いてみました。ご興味なければ今日は未読スルーでお願いできればと思います。
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ある男がいつものように酒場のカウンターで思わせぶりにグラスを傾けていた。
男はちびりと琥珀色の液体を舐めるように飲む。しばらくして思い出したように小皿の落花生を手に取り割った。いや割ったかのように思えただけだった。男の手はほかの中年と同様に水分が失われ、かさついる。
普段はいつ買ったかもわからないくらいの缶入りのハンドクリームでケアしているのだが、酒を飲み、グラスを触っているうちにしっとり感が失われたようだ。普段ならお手拭きで湿らせてから注意深くピーナッツを掴むのだが、今日に限ってはその一連の行いを忘れ、落花生を掴んだつもりが滑ってしまい、カウンターの向こうに飛ばしてしまった。
小皿を見ると小さめの落花生が一つ。なんだかさみしく見えてきた。アテが無くても酒は入るのだが、テーブルに何も無いままちびりとやる絵がいただけない。どうにも困ったと男は思っていた。
するとどうしたことか、カウンターの向こうからすっとひげもじゃの男が出てきた。そう、まさにカウンターの下に隠れていたかのように出てきたのだ。一見バーテンダーには見えない。粗末な布を片掛けにして、すっくと立っている。
そのひげもじゃが男に言った。
「君が落とした落花生はこの金属の落花生かね」
ひげもじゃが右手に持って男に見せたのは、真鍮のようなものでできた銀色のピーナツであった。
男は戸惑った。
おいうよりも、このひげもじゃは正気なのかと疑った。薄暗がりの中で見る銀色の落花生は、江戸時代の根付のような細工の丁寧な小物のようにも見えるし、アルミホイルを丸めて造形しただけのようにも思える。
「いや、違いますよ」
男がそう答えると、ひげもじゃは金属製の落花生がそこには最初から無かったかのようにさっと右手を握り開く。
するとどうしたことか、今度はまた違う素材の落花生らしき小物がひげもじゃの手に現れた。
「では、君が落とした落花生はこの陶器製の落花生か」
陶器製なのか。道端の犬の落とし物のようにも見えなくはないが。
まあ、陶器製だろうが犬の落とし物だろうが、食べられないことには違いないし、なにより男が掴み損ねて落したものとも異なる。
「いいえ、違いますよ」
ひげもじゃは男の返事を聞くと素早く手を握り再び開いた。
「では、この木製の落花生か」
「それだ」と喉まで出かかったその瞬間気づいた。木製だと。
それに確かにひげもじゃが木製と言ったではないか。男は聴き逃さなかった。バーの薄暗い中でカウンターを挟んでみると本物にしか見えないが、木製では食えないではないか。
「いいえ、やっぱり違いますよ」
男はやや否定を強調するように答えた。
ひげもじゃは先ほどと同じように手を握り開き、新たな落花生らしき物体を見せて言った。
「では、この普通の落花生か」
そのとき男は答えた。
「ええ、そうです。その普通の落花生です」
手を滑らせたときに覚えていた落花生の特徴を捉えていた。
「そうか正直者のおまえには、この食べられる落花生をやろう」
とひげもじゃが言ったが、男はこう答えた。
「床に落としたものなので、もういりませんよ」
オチのない落とした落花生物語でした。
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イソップ寓話というか、星新一先生のSFかなにか、はたまた喪黒福造先生も登場したような短編でした。
それではみなさま、ごきげんよう。